2019年9月号 社長ハロー通信より

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社長の田嶋崇之です

「表現の不自由展・その後」のその後

 今年も夏が終わろうとしています。例年「あしがら花火大会」が開催されると夏の終わりを感じます。夏の終わりの花火を眺めているとフジファブリックの「若者のすべて」という曲の歌詞が思い浮かびます。8月から9月にかけての何とも言えない気分が言い表されていて、とても好きな曲です。また、この時期は夕立に見舞われることも多いですが、そんな時は山下達郎の「さよなら夏の日」が思い浮かんで、頭の中にイントロが流れてきて、おセンチな気持ちになってしまいます。

 で、この夏を振り返ると7月いっぱい梅雨が続いて今年は記録的な冷夏になるかと心配していたら、梅雨が明けたらいきなり酷暑がやってきて、極端な気候に振り回されました。で、この夏、世論に振り回されたのが「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」です。 この話題を振り返ると、というか「あいちトリエンナーレ」はまだ開催中で現在進行形ですが、まず2015年に「表現の不自由展」が開催され、その後を追った「表現の不自由展・その後」という企画展が「あいちトリエンナーレ」の一企画として開催されました。そこに展示された「少女像」などが物議をかもし、開催3日目でその企画展が中止に追い込まれた、というものです。たまにハロー通信に書きますが私は美術館に美術鑑賞に行くのが好きです。また不動産屋になる前は政治の世界で裏方として働いていた事もあり、今回の話題、とても興味深く注目しています。ただ、この企画展がハレーションを起こして問題になるまで「あいちトリエンナーレ」が開催されている事自体、全然知りませんでした。また、今回の問題をきっかけに「少女像」とか「表現の自由」とか「戦争と平和」とか、改めて深く考えさせられました。横浜をはじめ各地で「トリエンナーレ」と呼ばれる展覧会が開催されますが3年に1度行われる展覧会です。だから今回もだいぶ前から企画が進んでいたようですが、タイミング悪く日韓関係が急速に悪化している時期に行われ、しかも反日の象徴とされる「少女像」を展示して、炎上しても仕方ない気がします。今は多少落ち着きましたが、大炎上している最中はこの話題に触れただけでヤケドしそうで怖い気がしました。

何でこんなことになったのか考えてみました。本来「表現物」は美術でも音楽でも受け手のひとり一人が、対象に接することをきっかけに、それぞれ感じたり考えたりすべきものだと思います。表現者の思いやメッセージがどのように伝わるか、そこで起こる化学変化も美術や音楽の興味深い部分だと思います。それが今回は「表現物」として受け止められる前に「反日の象徴」として広く世間に認識されていたため、その「反日の象徴」を、税金を使って公共施設で展示するなんてけしからん、とエスカレートしてしまったのだと思います。ただ、落ち着いて考えると「『少女像』が『反日の象徴』である事」が日本でも韓国でも熱心な活動家にとって重要で、相反しているように見えて実は利害が一致しているように思えてきました。そしてお互いの反感感情を煽って国民のカタルシスを呼び起こし、それぞれの国民は自らの正義の感情に踊らされているだけじゃないかと思ってしまいます。私たちの多くは戦争を経験していませんが、戦争に至る過程はこんな感じではないかと思いました。

 いずれにせよ今回の大炎上がきっかけになって、いろいろ考えた人は多いのではないかと思います。「表現の不自由」をテーマにした企画展が3日で中止に追い込まれて、表現の自由の危機ととらえるか、当然の帰結ととらえるか、最初から筋書き通りだったのか、まだまだその後のその後が続きそうです。